真面目な人がグレるといっても、子どものときにグレるケースもあれば、大人になってからぐれるケースもあります。ただし、どちらであってもグレる理由に大きな差はないといえるでしょう。まず、努力の限界を感じてしまうことがグレる原因のひとつです。
真面目な人がいきなりグレる主な理由
努力の限界を感じてしまう
真面目な人がグレるといっても、子どものときにグレるケースもあれば、大人になってからぐれるケースもあります。ただし、どちらであってもグレる理由に大きな差はないといえるでしょう。
まず、努力の限界を感じてしまうことがグレる原因のひとつです。子どもであれば、学習態度がよく成績優秀な人が真面目の見本といえます。しかし、学校の勉強は向き不向きがあり、努力しても頭打ちといった事態が起こり得ます。
そうなると遊びたい盛りの子どもにとって、努力が苦痛になり、投げ出したい衝動に駆られてもおかしくないでしょう。また、本人にグレる気がなくても、成績が上がらないという表面的な事実から、周囲が勝手にグレたと勘違いする可能性も考えられます。
勘違いによる評価が本当にグレるきっかけにもなり得るでしょう。大人では学校の成績が会社での実績や家庭における存在感に変わるだけで、頭打ちになることからグレる点に違いはなさそうです。
真面目に生きても報われないと思ってしまう
2つ目の原因は、真面目に生きても報われないと思ってしまうことです。この場合、頭打ちどころか伸びている最中でもグレる可能性があります。
どれだけ結果を出しても当たり前のこととして認めてもらえなかったり、ロクに評価されることなくさらなる結果を求められたりすることで、真面目に生きる意味がわからなくなってしまうケースです。努力の限界を感じてしまうケースと同様に、子どもにとっての主な結果は学業の成績です。
大人の場合は仕事の成果や家庭での居場所ということになるでしょう。自分が懸命に働いて出した成果を横取りされたり、家族のために身を粉にして働いているのにぞんざいに扱われたりすると、心が折れてグレる可能性があります。
流されて生きることが楽に思えてしまう
ずっと真面目に生きてきた人の中には、自分を律することで脇道に逸れたことがない人もいます。しかし、すべての人がそのままの人生を送るわけではありません。
何かをきっかけに、流されて生きることを知ってしまうことで、真面目な人生に別れを告げてグレるケースは少なくないといえるでしょう。他人から見て真面目といわれる人生を送ることは、それほど楽なことではないといえます。
一方、流されて生きることは、日常的には気を抜いた楽な生き方です。その先に厳しい現実が待っている可能性もありますが、そこに至るまでは楽をできます。よほど意志の強い人でなければ、楽なこと、楽しいと感じる方向に向いてしまってもおかしくありません。
また、真面目な人は責任感が強く、評価されればされるほど頑張ってしまい疲弊することが珍しくないようです。その結果、重圧に押しつぶされてしまい、流されてグレるケースもあります。